ギニア共和国におけるサパの活動報告 2006年1月〜2006年9月
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目次
事務局長 野澤眞次
はじめに
このホームページに掲載の「ギニア活動報告」は、会報「バラフォン」の掲載文を転載しています。会報は、年間2回の刊行としていますが、現地よりの活動報告が、時として通信事情から報告遅延発生のため必ずしも6カ月毎の刊行にはなっていません。ご了承ください。更に年間3回の割合でスタッフが現地出張し、活動内容の把握に努めており、その都度「出張報告メモ」としてみなさまにお伝えしています。スタッフが出張できないときは、運営委託契約を結んでいる企業社員が定期的に出張しており、現地の活動は常時把握できる体制にあります。「出張報告メモ」は、サパのホームページでもご覧頂けます。
●ウオレア村の保護林造成活動
2005年4月よりサナワリア村の北6km位置するトルマレン郡ウオレア村で「自然の創出による住民と動物の共生を目指す保護林の造成」と銘打った活動が始まり2006年3月で年度を終えたことになります。
この活動は既報のように埼玉県所沢市の「三富新田」に係わる史実をモデルにしたプロジェクトで、前号(2005年4月〜12月)に概要を掲載していますのでご覧ください。
2006年9月末でウオレア村の保護林造成活動は、1年半が経過しました。2006年度には2005年度に実施した植林地の隣接地に同規模の20haの新植地を拡張することにしていましたが、地元ウオレア村が拡張予定地内に埋蔵している「山砂」の首都圏の道路建設業者への売却話が進み、保護林の造成は不可能となりました。村の運営維持資金に事欠く村として、またとない現金収入となるため、サパは止むを得ないものと判断し代替地を探すことにしました。その結果ウオレア村の北東に隣接する「ドウンバヤ村」を新規に保護林の造成対象地としました。
尚、2006年のウオレア村での活動は、2005年度実施の植栽木の保育に専念すると共に、村より強い要請のあった「油椰子」180本の植栽支援を行うこととしました。
2油椰子は、ギニア湾沿岸地の原産で果実内の油(パーム油)は、住民の貴重なカロリー源として不可欠な食品となっています。又、油の搾り滓はサパが指導普及しています有機肥料「ボカシ肥」の原料として役立っています。因みにパーム油は、日本で年間約100万トンを主として東南アジアの諸国から輸入し食用油の増量剤、製菓用等に利用されています。
●2006年度新規ドウンバヤ村「保護林の造成」活動について
▲ドウンバヤ村の概況
村の南西側はウオレア村と隣接していますが、北と東側が標高約50〜80mほどの山に接し切り立った岩山となっています。山の上部は平らな地形のため村民達の食糧生産基地として焼畑栽培が古くから行われています。ドウンバヤ集落はこの岩山の麓に位置し、人口はウオレア村と略同じの200名前後です。公共施設はなく、小学校は村の北西側に接するカリエール村にあり、同村とウオレア村及び、ドウンバヤ村3ケ村居住の子供達約100名が通っています。首都コナクリ市に通じる幹線道路が、上記3村に接していることから交通の便は良く、活動に必要な物資の移動に支障はありません。
又、耕作地の土壌は、ウオレア村に存在する珪砂は少なく、傾斜地が多いため排水が良好である反面、乾季の乾燥による作物への負荷が高く、収穫量に影響を与えています。村民達は農作物の換金以外には主たる現金収入がなく、元気な若者は都会への出稼ぎで離村者が多くなっています。 又、ウオレア村同様、過去50〜60年前まで森林繁茂の形跡はなく、北のセネガル国との国境まで昔から人の往来が多いためか、樹木が生活用燃料に消費され続け、森の形成には至らないと言われています。又、住民の多くはスス族で、中に若干のフルベ族と仲良く同居しています。
▲保護林造成にたいする村民意識について
上述のようにドウンバヤ村には森は存在せず、樹高1〜3mの潅木が散在する原野に取り囲まれています。 村民達の生活基盤は、村の北側に露出している岩山の上部にある焼畑からの稲、落花生等の収穫に依存しています。モロタ村の「森造り」でも体験しましたが、地元村民の森への意識は希薄で、植林6〜7年後に山麓からの湧水に接し、始めて「森の機能」を理解した例からも、ドウンバヤ村も同じ経緯を辿るものと考えています。
問題は、今まで栽培対象としてきた耕作土壌を活性化させる手段を持たない「自然からの収奪」の生活姿勢から「土作り」による「自然を創り育てる」生活に転換できるかどうかです。
「保護林の造成」活動による自然の創生が、土作りにも連動していることを粘り強く村民達に啓発してきました。
サパの活動モデルとなっている「三富新田」開拓の史実に由来した「自然への回帰」実現の実績を、これからもドウンバヤ村の住民達に順次伝えていきたいと計画しています。この活動の成否は、いつに村民達の意識の切り替え如何に掛かっていると言えます。
▲保護林造成活動の実施について
2006年ではドウンバヤ村の保護林造成植林の対象面積を2005年同様20ha計画しましたが、植栽用苗木の育成が、7月の豪雨と猛暑の予期せざる障害により予定した出荷本数に達せず、止むを得ず対象面積を50%減の10haとしました。残りの10ha分は2007年の雨季に植栽達成を期することとしました。
他方、ドウンバヤ村の区画割りは、東西に平均200m、南北約500mの区域(約10ha)を「保護林第1造成計画地」とし、ウオレア同様南北50m毎に植栽のための10m幅帯状区画を設けました。
この10m幅内に2005年度同様住民達の生活に有用な3種類の下記樹種を植栽しました。又、50m幅の区域は潅木自生地で、10m幅内の植栽樹を北よりの季節風から守る防風機能を有していることから植栽樹が生育していく過程で順次選伐を行い、将来有用樹の保護林を目指すことになります。
・ニーム ・アカシアマンギューム ・メリナ
上記3樹種は、いずれも西アフリカ原産ではない外来樹で、長期の年数を経てこの地に定着してきました。これらの樹種の選択根拠については3種の特性を抜粋して下記説明します。
・ニーム:(インド原産)和名は、インドセンダン。枝葉を煎じた汁は、農作物栽培時の害虫忌避に効果がある。又、最近マラリア病の治療薬として研究が進み、試薬による臨床試験が行われている。
・アカシアマンギューム:(オーストラリア原産)西アフリカに広く自生しているアカシア類に比べ特に成長が早い。酸性土壌にも強く土壌の要求度が低い。葉は飼料となる。
・メリナ:(東アジア原産)和名は、キダチヨウラク。高温、乾燥にも強く又、火持ちのよい薪として利用されている。
▲育苗作業
今年の育苗に必要な種子の取得が容易でなく、首都コナクリにある「国立植物園」に昨年から斡旋を依頼していましたが、思うように入手できませんでした。
従って、ドウンバヤ村の所属行政のトルマレン郡内に自生している各地の植栽対象木3種の根元に自生の「実生苗」を収集しドウンバヤ村、及び、深井戸のあるサナワリア村ラマヤ集落の2箇所で苗の育成を行いました。しかし、前述のように豪雨と猛暑により成苗歩留まりが減少し、計画の半分の植栽本数となりました。入手経路明細は下記の通りです。
・ニーム:育成苗984本、種子209粒(国立植物園より)、実生苗1,495本(トルマレン郡)
・アカシアマンギューム:種子3,146粒(国立植物園より)発芽率25%と低い。
・メリナ:育成苗1,838本、種子530粒(国立植物園より)
上記の内、山出し苗としての活着率が高かったのは実生苗で(約60%)、種子の発芽率は全般的に極めて低く(20%以下)天候不順が原因と言われています。
苗圃は、ドウンバヤ村と同村から南6km位置するサナワリア村のラマヤ集落にも設置しました。同集落は、4年前に「サパ有機肥料生産技術研修センター」を建設した場所で、現在も引き続き有機農法の普及指導を行っているサパの活動拠点となっています。
ここで上記植栽3樹種の苗育成を行いました。今年の雨季の最盛期に当たる7〜9月には豪雨が頻発し、農作物が被害を受けました。例年にない激しい降雨で、発芽したばかりの稲、落花生等が流されると共に、耕作土壌も大粒の雨滴による流亡が継続発生しました。地元の長老達も過去経験のない異常降雨だと言っていました。
▲地拵え作業
上記の育苗作業と併行してプロジェクト地では、10m幅の植栽予定地の「地拵え」作業を実施しました。「地拵え」とは、植栽予定地内の潅木を伐採、除去し植栽箇所の確保を目的とする作業を指します。ドウンバヤ村の住民にとっては始めての作業参加となりました。(写真参照)
▲植栽作業
ドウンバヤ村の植栽は、メリナ、ニーム、アカシアマンギュームで8月中旬から上記地拵え作業が終了した場所順に、3種の苗木の植え付け作業を開始し、9月末でほぼ終了しました。苗木の育成に手間取り2カ月遅い終了でした。
植栽地は、東西に10m幅の帯状の土地の中に上記3樹種を植栽しましたが、各々帯の長さを下記測定し面積を算出しました。
▲植栽地の除草
雨季の終わる11月下旬までは、植栽地内の雑草の生育は旺盛で植栽木への障害となるため、これらを除去する作業が必要です。作業はすべて地元農民達が行なっています。
▲植栽地内への緑肥の施用
昨年度ウオレア村で実施しましたが、今年度も引き続きウオレア村で行い、新たにドウンバヤ村の植栽地内でも10月以降緑肥の施用を行なっています。これは、ウオレア村の土壌には、珪素が多く存在するため有機物が少なく、苗木の生育に支障をもたらすのを阻止するためのものです。ドウンバヤ村の土壌も多少の珪砂が見られるため緑肥施用を順次行なっています。
緑肥施用作業は、植栽地内で苗木を避けて溝(40×40cm)を掘りその中に周辺に自生する潅木の枝葉を埋め込むことになります。これらの枝葉が土中で発酵し微生物により肥料分に変換、土壌の活性化に役立つことになり植栽木の生育にプラスが期待されます。この手法はアジアのネパール国で昔からの伝統農法として定着しているものです。
▲防火帯の設置
各村で毎年乾季に潅木林を焼き払い「焼畑」の造成を行い、貴重な食糧を確保していますが、この焼き払い作業時に火が植栽地に飛び火類焼するケースが多く、森造りに大きく支障を来たしています。そのため、植栽地の周りに幅8mに亘り潅木、雑草を除去し火の延焼を食い止める防火帯の設置が不可欠です。毎年12〜1月に実施することになっていましたが、今年度は1月中旬に行いました。
▲苗木への潅水
最近は、乾季と雨季の境が昔ほど明確になく、植林の各種作業に混乱を招いています。村の長老の話しでは「昔は雨季と言えば6月から」となっていたそうですが、近頃は5月の初めにも降雨があり、穀物の播種時期を狂わしています。
長い乾季を乗り越えてきた苗木にとって、雨季の始まりが早まることは歓迎すべきことですが、その後降雨がしばらく中断することになると、改めて村民達を動員して谷川から水を汲み苗木へ潅水を行うことになります。乾季の終わりともなるとこの谷川が涸れるため水を求めて地内の低地に幾つもの穴を堀り、地下水を溜めそこから村民達のマンパアワーに頼り潅水作業実施となります。「森造り」の中で一番過酷な作業と言えます。
通常潅水は、植栽後3年間の乾季中に毎週最低1回を要しますが、乾燥の激しい時期は週2回となります。
植栽後、最初の乾季を乗り切れば、次の雨季の期間の生育には目を見張るものがあります。順調な生育が阻害されている苗木は、最初の乾季中に種々な障害を受けたことに起因しており、後々これらの障害を引き摺ることになります。このケースでは早めの植え替が効果的です。
ウオレア、ドウンバヤ両村で今後長期間「森造り」を推進するに当たっては、育苗、潅水等の作業には水の確保が最重要課題となります。今下期には、両村に常時涸れない井戸の設置が求められ、早めに設置場所の調査を行うことにしています。
▲ ご支援を頂いている専門家
*日本を代表する熱帯林の専門家「内村悦三農学博士」(京都大学農学部林学科卒、農林水産省林業試験場の科長、大阪市立大学教授を経て現在富山県立植物園長)のご支援で遂行され、顕著な成果を上げてきました。中でも、内村悦三博士より過去3年間、モロタ村、ウオレア村の「森造り」活動全般に亘りご指導をいただき、他団体の範となる実績を上げることができました。今後も引き続きご支援を頂くことになっています。又、博士は竹の権威としても有名で著書多数。
*江刺和広氏は、元海外青年協力隊員として西アフリカのコートジボアールでの農業活動経験を有すると共に、ODA関連の企業社員として運営委託契約先のサパに派遣され、2006年には3回のギニア往訪となっています。
●その他の地区の活動について
▲モロタ村の熱帯林再生植林のその後について
既報のように1999年にスタートした「霊長類の保護を兼ねた熱帯林の再生」活動は、2005年3月合計230haの植栽で一先ず区切りを付けることとしました。230haで区切ったのは植栽後の保育作業に従事する周辺村民の動員数に限りがあったからですが、東京ドームの約60倍の広さに幼令ながらも森が出現し、50年振りに湧水があり水田が復活したことは誰よりも地元村民達が喜んでいます。
2005年4月からはモロタ村民の自主運営として「森造り」に不可欠な各種保育作業を実施することとし、2006年9月現在保育に必要な「選伐作業」を村民達が交代で継続実施しています。サパは、引き続き幼令林の保育に関する技術の提供で村への支援を行っています。日本NGOの「植林の歴史」のなかでは稀な成功例と言えます。
▲サナワリア村ラマヤ集落の有機肥料生産について
有機農法普及のための拠点「ラマヤ有機肥料生産技術研修センター」では、「堆肥とボカシ肥」の生産を研修と並行して続行しています。
2005年4月より始まったウオレア村の「保護林造成」活動では、劣化している植栽地土壌の活性化のため緑肥の施用を行っていますが、この緑肥の発酵促進のため緑肥にボカシ肥を混入し、ギニアで始めての試みとしてその効果が期待されています。
この他、センターで生産した「堆肥とボカシ肥」は、従来に続き周辺村々の農家に無償配布を行い、食糧増産を支援しています。
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